銘 国俊 二字国俊生ぶ茎太刀 優美で凛とした姿に二十刃掛かる格調高く味わい深い名刀 二尺四寸八分
第42回重要刀剣

二字国俊 太刀

No.200520

銘 国俊 二字国俊生ぶ茎太刀 優美で凛とした姿に二十刃掛かる格調高く味わい深い名刀 二尺四寸八分

Ask

Mei-Omote
国俊
Registration
Tochigi 9/7/7(Heisei)
Period
鎌倉後期永仁頃
Size

Hachou 75.2cm (二尺四寸八分) Sori 2.5cm
Moto-Haba 3.0cm Saki-Haba 1.9cm Moto-Kasane 0.56cm Shinogi-Thikess 0.65cm Saki-Kasane 0.36cm Kissaki-Chou 2.6cm Nakago-Chou 22.9cm Weight 703g

Country
山城
Shape
鎬造、庵棟、身幅広く、反り深く、腰反り付き、中鋒。
Kitae
小板目肌つみ、杢目肌交り、地沸微塵につき、地景細かく入り、沸映り立つ。
Hamon
直刃調に、小乱れ交り、小足・葉入り、小沸つき、匂口明るい。
Boushi
直ぐに小丸。
Nakago
生ぶ、先詰めて切、鑢目切、目釘孔二。
Habaki
金着二重。
Drscription
来国俊は、仁治元年(1240年)生まれ、来国行の子で、年紀作は鎌倉中期弘安から鎌倉後期の元亨に渡っており、九十余歳で没したと伝える。その前期二字国俊銘は豪壮な姿態に華麗な丁子乱れを焼き、後期来国俊銘は細身の体配に、上品な直刃調の刃文を焼くものが多い。両者の作風が全く違うことから二代説も存在する。来派は、国行を始祖とする一派で、鎌倉後期頃には粟田口派に交代するように、山城を代表する刀工群となった。また、来一門は、国行を始めとして、来国俊、来国光、来国次と一門の直系がいずれも最上作となっている。本作は、生ぶ茎に「国俊」二字銘が明瞭に残る希少な太刀で、身幅広く、反り深く、鋒やや小さくなる優美で凛とした姿を呈し、小板目肌がよく錬れ、杢目肌交り、地沸微塵につき、地景入り、沸映り立つ美しい地鉄に、直刃調に小乱れ交じり、小足・葉頻りに入り、小沸よく付き、二十刃頻りに掛り、匂口締まりごころに、匂口匂口明るく、格調高く味わい深い名刀である。この二字国俊銘の太刀が、来国俊三字銘と同様な作風となることから、二字国俊と来国俊が同人であることを証明する資料的にも貴重な一口である。
二字国俊 太刀 重要刀剣