
二字国俊 太刀二字国俊 太刀
No.200520銘 国俊 二字国俊生ぶ茎太刀 優美で凛とした姿に二十刃掛かる格調高く味わい深い名刀 二尺四寸八分銘 国俊 二字国俊生ぶ茎太刀 優美で凛とした姿に二十刃掛かる格調高く味わい深い名刀 二尺四寸八分
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- 銘表Mei-Omote
- 国俊国俊
- 登録証Registration
- 栃木県 Tochigi 平成7年9月7日 9/7/7(Heisei)
- 時代Period
- 鎌倉後期永仁頃鎌倉後期永仁頃
- 法量Size
-
刃長 75.2cm (二尺四寸八分) 反り 2.5cm
元幅 3.0cm 先幅 1.9cm 元重 0.56cm 鎬厚 0.65cm 先重 0.36cm 鋒長 2.6cm 茎長 22.9cm 重量 703gHachou 75.2cm (二尺四寸八分) Sori 2.5cm
Moto-Haba 3.0cm Saki-Haba 1.9cm Moto-Kasane 0.56cm Shinogi-Thikess 0.65cm Saki-Kasane 0.36cm Kissaki-Chou 2.6cm Nakago-Chou 22.9cm Weight 703g - 国Country
- 山城山城
- 姿Shape
- 鎬造、庵棟、身幅広く、反り深く、腰反り付き、中鋒。鎬造、庵棟、身幅広く、反り深く、腰反り付き、中鋒。
- 鍛Kitae
- 小板目肌つみ、杢目肌交り、地沸微塵につき、地景細かく入り、沸映り立つ。小板目肌つみ、杢目肌交り、地沸微塵につき、地景細かく入り、沸映り立つ。
- 刃文Hamon
- 直刃調に、小乱れ交り、小足・葉入り、小沸つき、匂口明るい。直刃調に、小乱れ交り、小足・葉入り、小沸つき、匂口明るい。
- 帽子Boushi
- 直ぐに小丸。直ぐに小丸。
- 茎Nakago
- 生ぶ、先詰めて切、鑢目切、目釘孔二。生ぶ、先詰めて切、鑢目切、目釘孔二。
- ハバキHabaki
- 金着二重。金着二重。
- 説明Drscription
- 来国俊は、仁治元年(1240年)生まれ、来国行の子で、年紀作は鎌倉中期弘安から鎌倉後期の元亨に渡っており、九十余歳で没したと伝える。その前期二字国俊銘は豪壮な姿態に華麗な丁子乱れを焼き、後期来国俊銘は細身の体配に、上品な直刃調の刃文を焼くものが多い。両者の作風が全く違うことから二代説も存在する。来派は、国行を始祖とする一派で、鎌倉後期頃には粟田口派に交代するように、山城を代表する刀工群となった。また、来一門は、国行を始めとして、来国俊、来国光、来国次と一門の直系がいずれも最上作となっている。本作は、生ぶ茎に「国俊」二字銘が明瞭に残る希少な太刀で、身幅広く、反り深く、鋒やや小さくなる優美で凛とした姿を呈し、小板目肌がよく錬れ、杢目肌交り、地沸微塵につき、地景入り、沸映り立つ美しい地鉄に、直刃調に小乱れ交じり、小足・葉頻りに入り、小沸よく付き、二十刃頻りに掛り、匂口締まりごころに、匂口匂口明るく、格調高く味わい深い名刀である。この二字国俊銘の太刀が、来国俊三字銘と同様な作風となることから、二字国俊と来国俊が同人であることを証明する資料的にも貴重な一口である。来国俊は、仁治元年(1240年)生まれ、来国行の子で、年紀作は鎌倉中期弘安から鎌倉後期の元亨に渡っており、九十余歳で没したと伝える。その前期二字国俊銘は豪壮な姿態に華麗な丁子乱れを焼き、後期来国俊銘は細身の体配に、上品な直刃調の刃文を焼くものが多い。両者の作風が全く違うことから二代説も存在する。来派は、国行を始祖とする一派で、鎌倉後期頃には粟田口派に交代するように、山城を代表する刀工群となった。また、来一門は、国行を始めとして、来国俊、来国光、来国次と一門の直系がいずれも最上作となっている。本作は、生ぶ茎に「国俊」二字銘が明瞭に残る希少な太刀で、身幅広く、反り深く、鋒やや小さくなる優美で凛とした姿を呈し、小板目肌がよく錬れ、杢目肌交り、地沸微塵につき、地景入り、沸映り立つ美しい地鉄に、直刃調に小乱れ交じり、小足・葉頻りに入り、小沸よく付き、二十刃頻りに掛り、匂口締まりごころに、匂口匂口明るく、格調高く味わい深い名刀である。この二字国俊銘の太刀が、来国俊三字銘と同様な作風となることから、二字国俊と来国俊が同人であることを証明する資料的にも貴重な一口である。
