脇差 和泉守藤原国貞 地沸厚くつく精良な地鉄に匂深いのたれ刃明るく冴える傑作 一尺五寸八分
特別保存刀剣

国貞 脇差

No.662950

脇差 和泉守藤原国貞 地沸厚くつく精良な地鉄に匂深いのたれ刃明るく冴える傑作 一尺五寸八分

¥750,000(tax included)
Mei-Omote
和泉守藤原国貞
Registration
Chiba 2/21/38(Showa)
Period
新刀上々作 慶安頃
Size

Hachou 48.0cm ( 一尺五寸八分) Sori 1.4cm
Moto-Haba 3.1cm Saki-Haba 2.1cm Moto-Kasane 0.66cm Shinogi-Thikess 0.68cm Saki-Kasane 0.43cm Kissaki-Chou 3.1cm Nakago-Chou 15.0cm Weight 463g

Country
摂津
Shape
鎬造、庵棟、身幅広く、反り深く、中鋒。
Kitae
小板目肌に、小杢目肌交じり、地沸微塵に厚くつき、地景細かくよく入り、鉄明るく冴える。
Hamon
直ぐ調に焼き出し、のたれて、足よく入り、小沸深くよくつき、匂口明るく冴える。
Boushi
直ぐに先掃きかけて尖りごころに返る。
Nakago
生ぶ、先栗尻、鑢目大筋違、目釘孔一。
Habaki
金無垢一重。
Drscription
初代和泉守国貞は、天正十七年(1589年)に日向で生まれ、後に上京し親戚と伝わる堀川国広の門となるが、国貞の初期の作風や銘振りから見て、兄弟子である越後守国儔から指導を受けたと思われる。慶長十九年(1614年)国貞二十五歳の時に師である国広が亡くなり、その後同門である初代河内守国助と共に大坂へ移住し大阪新刀の礎を築き、元和九年(1623年)に和泉守を受領している。初二代共に和泉守国貞と銘を切ることから、初代国貞を通称親国貞、二代国貞を真改国貞と呼んでいる。慶安五年六十三歳没。この刀は、身幅広く、反りが深い姿で、小板目肌に、小杢目交じり、地沸微塵に厚くつき、地景細かく頻りに入り、明るく冴える精良な地鉄に、のたれに、足よく入り、小沸深くつき、匂深く、匂口明るく冴える真改の代作とも思われる傑作である。
国貞 脇差 特別保存刀剣