
志津 刀志津 刀
No.434449志津 三郎兼氏 華やかに乱れ金筋砂流し幾重にも頻りに掛り匂口明るく冴える優品 ニ尺一寸七分志津 三郎兼氏 華やかに乱れ金筋砂流し幾重にも頻りに掛り匂口明るく冴える優品 ニ尺一寸七分
- 極めKiwame
- 志津志津
- 登録証Registration
- 富山県 Toyama 令和4年4月13日 4/13/4(Reiwa)
- 時代Period
- 南北朝初期建武頃南北朝初期建武頃
- 法量Size
-
刃長 65.6cm (ニ尺一寸七分) 反り 1.3cm
元幅 2.6cm 先幅 1.8cm 元重 0.45cm 鎬厚 0.53cm 先重 0.39cm 鋒長 2.7cm 茎長 18.3cm 重量 463gHachou 65.6cm (ニ尺一寸七分) Sori 1.3cm
Moto-Haba 2.6cm Saki-Haba 1.8cm Moto-Kasane 0.45cm Shinogi-Thikess 0.53cm Saki-Kasane 0.39cm Kissaki-Chou 2.7cm Nakago-Chou 18.3cm Weight 463g - 国Country
- 大和大和
- 姿Shape
- 鎬造、庵棟、身幅やや狭く、中鋒。鎬造、庵棟、身幅やや狭く、中鋒。
- 鍛Kitae
- 板目肌に、流れ肌交じり、地沸微塵に厚くつき、地景よく入り、映り立ち、鉄明るく冴える。板目肌に、流れ肌交じり、地沸微塵に厚くつき、地景よく入り、映り立ち、鉄明るく冴える。
- 刃文Hamon
- 互の目に、丁子刃・尖刃など交じり、湯走り・飛び焼き掛り、足・葉頻りに入り、小沸深くよくつき、金筋・沸筋・砂流し幾重にも頻りにかかり、匂口明るく冴える。互の目に、丁子刃・尖刃など交じり、湯走り・飛び焼き掛り、足・葉頻りに入り、小沸深くよくつき、金筋・沸筋・砂流し幾重にも頻りにかかり、匂口明るく冴える。
- 帽子Boushi
- 浅くのたれて表小丸、裏焼き詰めごころ。浅くのたれて表小丸、裏焼き詰めごころ。
- 茎Nakago
- 大磨上、先切、鑢目勝手下り、目釘孔二。大磨上、先切、鑢目勝手下り、目釘孔二。
- ハバキHabaki
- 金色絵二重。金色絵二重。
- 説明Drscription
- 志津三郎兼氏は、大和手掻派の刀工で、当初は包氏と銘し、後に美濃国多芸郡志津(現岐阜県海津市南濃町志津)に移住した際に兼氏と改銘したと伝える。しかし、包氏の在銘物には初代兼氏よりも時代の下るものしか見られず、兼氏同人とみられるものはすべて無銘極めとなる。兼氏の師伝については、古来より正宗門として正宗十哲の一人にも数えられ、現存する作刀からみても正宗からかなりの影響を受けており、充分首肯できるものである。この刀は、磨上て反り尋常、中鋒に結ぶ優美な姿で、地沸が微塵に厚くつき、地景よく入り、淡く立つ肌立った明るく冴えた地鉄に、互の目に、丁子刃・尖刃など交え華やかに乱れ、足・葉頻りに入り、沸深くつき、金筋・沸筋・砂流し幾重にも頻りに掛るなど働き豊かで、匂口明るく冴える優品である。志津三郎兼氏は、大和手掻派の刀工で、当初は包氏と銘し、後に美濃国多芸郡志津(現岐阜県海津市南濃町志津)に移住した際に兼氏と改銘したと伝える。しかし、包氏の在銘物には初代兼氏よりも時代の下るものしか見られず、兼氏同人とみられるものはすべて無銘極めとなる。兼氏の師伝については、古来より正宗門として正宗十哲の一人にも数えられ、現存する作刀からみても正宗からかなりの影響を受けており、充分首肯できるものである。この刀は、磨上て反り尋常、中鋒に結ぶ優美な姿で、地沸が微塵に厚くつき、地景よく入り、淡く立つ肌立った明るく冴えた地鉄に、互の目に、丁子刃・尖刃など交え華やかに乱れ、足・葉頻りに入り、沸深くつき、金筋・沸筋・砂流し幾重にも頻りに掛るなど働き豊かで、匂口明るく冴える優品である。
