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三善長道 刀

No.000028

初代 陸奥大掾三善長道 近藤勇愛刀 黒蝋色打刀拵付 数珠刃風金筋砂流し掛り地刃明るく冴える会津虎徹優品 二尺六分
ご成約
銘表 陸奥大掾三善長道
登録証 埼玉県 昭和 27 年 11 月 4 日
寸法 刃長 62.3 cm (二尺六分)・ 1.0 cm ・ 2.9 cm ・ 1.8 cm ・ 2.7 cm ・ 16.0 cm
0.62 cm ・ 0.70 cm ・ 0.45 cm
580 g
陸奥 時代 江戸時代前期
姿 鎬造、庵棟、身幅尋常、反りやや浅く、中鋒。
小板目肌に、板目・小杢目肌交じり、地沸微塵に厚くつき、地景入り、鉄明るく冴える。
刃文 互の目に、丁子刃交じり、足・葉よく入り、沸深くよくつき、金筋・砂流し掛り、匂口明るく冴える。
帽子 直ぐに小丸、やや深く返る。
生ぶ、先栗尻、鑢目切、目釘孔一。
ハバキ 銀着一重。

黒蝋色塗鞘打刀拵

法量

長さ102.5cm 反り3.0cm

説明

鐔 赤銅魚子地虫に秋草図金色絵、 縁頭 赤銅魚子地秋草図金色絵、 目貫 赤銅弓矢図金色絵。

説明

三善長道の祖父、長国は、伊予松山に住し加藤嘉明に抱えられたが、寛永四年、加藤家が伊予から奥州会津に移封の際、一家を伴って移った。道長は、三善藤四郎といい、寛永十年会津に生まれ、初期は道長と銘し、万治二年陸奥大掾を受領、名を長道と改め、貞享二年、五十三歳で没している。別名「会津虎徹」と呼ばれるほど同時代の虎徹と姿や作風が酷似しており、長道の上作の中には、虎徹の初期作に肩を並べるほどの出来栄えの物もある。また新撰組の近藤勇が池田屋事件の功績により、会津藩主松平容保から賜った愛刀としても知られている。この刀は、反りの浅い寛文頃の姿で、小板目肌に、板目・小杢目肌交じり、地沸厚く付き、地景入る明るく冴えた地鉄に、焼き幅大きな互の目に、丁子を交えた虎徹の数珠刃風の連れた互の目を焼き、輝く沸が深くよくつき、金筋・砂流し掛り、刃中良く働き、匂口明るく冴える優品である。

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