保存刀剣 

宝寿 太刀

No.034847

産茎大太刀 宝寿 平安末期 900年前 舞草鍛冶 反り深く腰反りつく名品 二尺八寸一分
極め 宝寿
登録証 宮城県 平成 2 年 10 月 19 日
寸法 刃長 85.0 cm (二尺八寸一分)・ 2.5 cm ・ 3.3 cm ・ 2.0 cm ・ 3.6 cm ・ 24.3 cm
0.51 cm ・ 0.69 cm ・ 0.43 cm
923 g
奥州 時代
姿 鎬造、庵棟、身幅広く、反り深く、腰反り・踏ん張りつき、中鋒。
板目肌に、杢目交じり、地沸微塵につき、地景入る。
刃文 焼き落としがあり、直刃調に、浅くのたれて、小互の目交じり、湯走りかかり、足入り、小沸よくつき、金筋長く頻りに掛り、匂口潤みごころに明るい。
帽子 直ぐに焼き詰めごころ。
産ぶ、先栗尻、鑢目勝手下り、目釘孔一。
ハバキ 金着一重。
説明

舞草(もぐさ)鍛冶は、平安中期に陸奥で起こった反乱討伐の前九年の役、五三年の役の後より、寛治元年(1087年)頃から奥州藤原氏の繁栄の元で、平泉で名工を輩出しており、古備前正恒の父も舞草鍛冶であったとという。舞草鍛冶には、在銘作が非常に少なく、在銘作が現存しているのは宝寿のみとなる。宝寿は、舞草鍛冶の代表工で、平安末期に源義経を育てた藤原秀衡のころ平泉で活躍した。この太刀は、腰反り高く、反りが深く、腰反り・踏ん張りつき、茎も反る平安末期から鎌倉初期の太刀姿で、鍛は、板目肌に、杢目交じり、地沸微塵につき、地景が入り、肌目に粕立つところがあるなど、宝珠ならではの地肌の見どころが伺える。刃文は、7cm程大きく焼き落とし、直刃調に、小互の目交じり、湯走りかかり、足入り、小沸よくつき、金筋頻りにかかり、刃中良く働き、匂口潤みごころに明るい。古研ぎとなり、長い時を経て肌立った所はあるが、二尺八寸の長さの儘伝えられた貴重な太刀である。

宝寿 太刀 保存刀剣
安心サービス