特別保存刀剣 

舞草 太刀

No.756518

生茎太刀 舞草 平安後期保元頃 金筋長く頻りに掛り匂口明るく冴える傑作 二尺四寸六分
ご成約
極め 舞草
登録証 茨城県 令和 3 年 2 月 18 日
寸法 刃長 74.4 cm (二尺四寸六分)・ 2.2 cm ・ 3.1 cm ・ 1.5 cm ・ 2.1 cm ・ 17.0 cm
0.65 cm ・ 0.75 cm ・ 0.42 cm
691 g
陸奥 時代
姿 鎬造、庵棟、身幅広く、反り深く、腰反り・踏ん張りつき、先細く、小鋒。
板目肌つみ、流れ肌交じり、所々大肌交え肌立ち、地沸微塵につき、地景入り、映りたつ。
刃文 直刃調に、小乱れ・小のたれ交じり、ほつれ掛り、湯走り頻りに掛り、小足・葉よく入り、小沸深くよくつき、金筋・砂流し長く頻りにかかり、匂口明るく冴える。
帽子 直ぐに小丸、先掃き掛ける。
生ぶ、先栗尻、鑢目筋違、目釘孔一。
ハバキ 銅二重。
説明

舞草(まいくさ・もくさ)鍛冶は、文献的には奈良時代からあるが、平安中期に陸奥で起こった反乱討伐の前九年の役、五三年の役の後より、寛治元年(1087年)頃から奥州藤原氏の繁栄の元で、平泉で名工を輩出しており、古備前正恒の父も舞草鍛冶であったとという。舞草鍛冶には、現存する有銘のものは殆どない。この太刀が造られた平安後期保元頃は藤原秀衡が家督を相続した時期で、15年後に鞍馬寺を抜け出した義経を庇護している。この太刀は、完全に生ぶ茎となる作刀時の姿を留める希少な一口で、身幅広く、腰反り・踏張つき、先細く伏せごころで小鋒となる平安時代の太刀姿で、鍛は、板目肌つみ、流れ肌交じり、大肌交え所々肌立ち、映りたち、肌目に粕立つところがあるなど、舞草ならではの地肌の見どころが伺える。刃文は、直刃調に、小乱れ・小のたれ交じり、ほつれ掛り、頻りに湯走りかかり、二十刃風となり、小沸深く付き、煌めく金筋が長く頻りに掛るなど刃中の働き盛んで、匂口明るく冴え、古調な出来となる文化財級の傑作である。

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