お客様からよく御刀の手入れについてのご質問を受けますので、御刀の手入れ方法について説明いたします。
まず初めに、皆さまご存知かとは思いますが、我々愛刀家の一番の使命は「刀を後世に伝えていくこと」です。その為、刀の手入れをする上で最も避けねばならないことは「刀を錆びさせること」と「刀を傷つけること」の二点となります。
なぜなら、刀を錆びさせたり傷つけてしまえば、それを元に戻すために研磨する必要が出てまいります。どんなに技量の優れた名研師でもまったく減らさずに研ぐことは不可能です。
したがって、日々のお手入れの中で錆を生じさせるなどの刀の変化に気づくこと、慎重に扱うことにより疵をつけることを防ぐことが大事になります。
手入れの頻度に関しては、所持者の各々のペースで良いと思います。毎日ご覧になる方もいらっしゃれば、月に一度、年に数回の方もいらっしゃると思いますので、頻繁にご覧になる方とたまにしかご覧にならない方では必然的に手入れのペースは変わってくると思います。
ここでは、例として月に一度ご覧になる方をモデルにさせていただきます。
刀袋から取り出した刀を鞘から抜き、油を拭い取ってください。
この油を拭う際に、現在はティッシュを使用される方が多いと思います。中には、昔ながらの鹿などのなめし革や奉書紙、或いは厚手の眼鏡拭きなどを使用させる方もいらっしゃると思います。特にこれが良いという正解はございませんが、この中では奉書紙が最も扱いが難しいかもしれません。理由としては、丈夫ではあるのですが、使用当初はかなり固いので、刀身にヒケ疵を生じる可能性が高いためです。その為、もし奉書紙を使用される場合にはよく手で揉んで柔らかくしてからご使用ください。
この時に、古い油はできる限り取り去ってください。理由としては、古い油が劣化すると錆の原因の一つとなるからです。
この時に、油がとりにくい場合打ち粉をご使用ください。
どうしても時代劇の影響で「打ち粉は毎回手入れの際に打つもの」というイメージの方がいらっしゃるのですが、基本的には使用しないことが望ましいです。
理由としては、打ち粉は元々「砥石の粉」で作られています。したがって、打ち粉を打つことは簡単な研磨をしていることと同義となります。上記で述べたように「刀を傷つけること」を防ぐ上でも打ち粉の過度の使用は避けるべきですが、油を取り除けないことによって生じる可能性のある錆を防ぐためには、打ち粉を使用することはやむを得ないというのが多くの識者の見解になると思います。
刀身を鑑賞されたら再び油を塗って納めてください。この時、年に数回は柄を外して鎺の下の油も拭い取ってください。意外と鎺下の油の劣化から錆を生じさせてしまう方が多くみられます。毎回でなくてもかまいませんので、年に数回は鎺下の手入れもお願いします。
油についても「どんな油を使用したらいいですか」という質問をよくいただきます。現在の主流は、シリコン系の鉱物油です。理由は、打ち粉を打たなくても拭い取りやすいからだと思います。愛刀家の中には、昔ながらの丁子油を使用させる方もいらっしゃいますが、少数派だと思います。初めは鉱物油から始められて、慣れてきてから丁子油を使用されるのが良いと思います。
打ち粉についても、油と同様の質問をいただきます。基本的には、よく流通している市販の打ち粉で良いと思います。慣れてこられたら少し高めの打ち粉、最上級品としては研師の方が製作されたものになります。但し、値段が上がるにつれ砥石の純度も高くなりますので、初心者の方には扱うのが難しいと思います。
奉書紙、丁子油、研師製作の打ち粉は江戸期からある伝統的な手入れ道具ですので、ご使用になりたい方も多いと思います。しかし、上記でも述べたように初めから使用されると刀を傷つけたり錆びさせる可能性が高いと思いますので、刀を始められたばかりの方は、シリコン油、大型の眼鏡拭きでのお手入れが良いと思います。
当店でも各種お手入れ道具を取り扱っておりますが、刀剣初心者の方には、上記のセットをお勧めしております。
一番の理由としては、「刀の手入れを楽しんでいただきたい」からです。折角の楽しい時間が煩雑な手順で苦痛となり、手入れをしないことで刀を錆びさせてしまうことは非常に悲しいことです。
ですので、まずは刀の手入れの手順を覚えていただいて、その時間を楽しんでいただく。その上で「この刀が作られた時代、この刀を差していた昔の人達がどのような道具で手入れしていたんだろう」と思われたら、昔ながらの手入れ道具をご使用になられたらいかがでしょうか。