長船景光(おさふねかげみつ)
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景光は、光忠・長光に続く長船の直系三代目で、兼光の父にあたる。左兵衛尉に任じ、長船の名を不動のものにした名工である。父長光ほどの大出来の刃文はなく、直刃調に小丁子・小互の目交じるものが多く、その足は逆がかるのが特色で、肩落互の目を創始したことで名高い。鎌倉末期から南北朝時代にかけ活躍している。
概要
長船景光は、鎌倉時代末期に備前国長船(現在の岡山県瀬戸内市長船町)で活躍した、長船派を代表する名工です。長船派の実質的な祖である光忠の孫、長光の子と伝えられ、光忠・長光に続く長船派第三代の棟梁として知られています。作刀期間は嘉元年間(1304年頃)から建武元年(1334年)頃までと考えられています。
系譜
- 光忠(長船派の祖)
- 長光(父)
- 景光
- 兼光(子・南北朝時代を代表する名工)
景光は長船派の黄金時代を支え、息子・兼光へと技術を受け継ぎました。
作風の特徴
姿
- 中切先で品格のある太刀姿
- 身幅は尋常、重ねはやや厚め
- 反りが適度につき、鎌倉時代末期らしい均整の取れた姿
父・長光ほど豪壮ではありませんが、非常に完成度の高い姿を見せます。
地鉄(じがね)
- 小板目肌がよく詰む
- 地沸が細かくつく
- 美しい乱れ映りが鮮明
景光の地鉄は長船鍛冶の中でも最も美しいと高く評価されています。
刃文
- 小丁子・中丁子
- 互の目を交える
- 足・葉が豊富に入る
- 匂出来を主体とする
特に景光が完成させた**「片落ち互の目(肩落ち互の目)」**は、後世の備前刀に大きな影響を与えました。
帽子
- 三作帽子
- 乱れ込んで小丸へ返る
父・長光、叔父・真長と共通する帽子は「三作帽子」と呼ばています。
彫物の名手
景光は刀身彫刻にも優れ、
- 倶利伽羅龍
- 不動明王
- 梵字
- 剣
など精巧な彫物を施した作品が多く残っています。
特に「小竜景光」は倶利伽羅龍の彫刻で知られています。
現存する代表作
国宝
- 太刀「小竜景光(楠公景光)」
- 太刀(御物)
- 短刀 など
重要文化財
- 太刀 銘「備州長船住景光 正和五年十月日」
- 太刀 銘「備前国長船住景光」
- その他多数
景光の作品は国宝・重要文化財・重要美術品が数多く残り、長船派屈指の名工であることを示しています。
景光の魅力
景光最大の魅力は、
- 華やかさと上品さの調和
- 美しい乱れ映り
- 精緻な地鉄
- 品格ある姿
- 独創的な片落ち互の目
が一振りの刀に高い次元で融合している点です。
父・長光の豪壮さと、子・兼光の力強さをつなぐ存在として、日本刀史上極めて重要な刀工と評価されています。
後世への影響
景光の技法は子の兼光へ受け継がれ、その後の「相伝備前」の発展にも大きな役割を果たしました。長船派は南北朝時代から室町時代にかけて日本最大の刀工集団となり、その礎を築いた人物の一人が景光でした。
まとめ
長船景光は、鎌倉時代末期を代表する備前長船派第三代の名工です。父・長光から受け継いだ備前伝をさらに洗練させ、美しい地鉄、鮮明な乱れ映り、独創的な片落ち互の目、そして精巧な彫物によって独自の境地を築きました。国宝や重要文化財に指定された作品も数多く、備前刀を代表する刀工として現在も高い評価を受けています。また、子の兼光へ技術を伝え、南北朝時代以降の備前刀発展の礎を築いた功績は、日本刀史において極めて大きいものとされています。












