
国貞 菊紋 刀 国貞 菊紋 刀
No.213483真改 井上和泉守国貞 菊紋 漢文九年九月日 地沸キラキラと輝き足葉頻りに入り地刃冴え渡る傑作 二尺三寸真改 井上和泉守国貞 菊紋 漢文九年九月日 地沸キラキラと輝き足葉頻りに入り地刃冴え渡る傑作 二尺三寸
- 銘表Mei-Omote
- 井上和泉守国貞 井上和泉守国貞
- 裏銘Ura-mei
- 菊紋 漢文九年九月日菊紋 漢文九年九月日
- 登録証Registration
- 東京都 Tokyo 令和7年10月14日 10/14/7(Reiwa)
- 時代Period
- 寛文三年寛文三年
- 法量Size
-
刃長 69.7cm (二尺三寸) 反り 1.5cm
元幅 3..1 先幅 2.0cm 元重 0.71cm 鎬厚 0.72cm 先重 0.45cm 鋒長 3.0cm 茎長 20.9cm 重量 645gHachou 69.7cm (二尺三寸) Sori 1.5cm
Moto-Haba 3..1 Saki-Haba 2.0cm Moto-Kasane 0.71cm Shinogi-Thikess 0.72cm Saki-Kasane 0.45cm Kissaki-Chou 3.0cm Nakago-Chou 20.9cm Weight 645g - 国Country
- 摂津摂津
- 姿Shape
- 鎬造、庵棟、身幅広く、反りやや深く、中鋒。鎬造、庵棟、身幅広く、反りやや深く、中鋒。
- 鍛Kitae
- 小板目肌つみ、板目肌交じり、地沸厚くつき、地景細かく頻りに入り、鉄明るく冴える。小板目肌つみ、板目肌交じり、地沸厚くつき、地景細かく頻りに入り、鉄明るく冴える。
- 刃文Hamon
- 直ぐに焼き出し、互の目・丁子刃交じり、足・葉よく入り、湯走り掛り、沸深くよくつき、粗めの沸を交え、砂流しかかり、匂口明るく冴える。直ぐに焼き出し、互の目・丁子刃交じり、足・葉よく入り、湯走り掛り、沸深くよくつき、粗めの沸を交え、砂流しかかり、匂口明るく冴える。
- 帽子Boushi
- 二十刃掛り、直ぐに小丸。二十刃掛り、直ぐに小丸。
- 茎Nakago
- 生ぶ、先入山形、鑢目大筋違化粧、目釘孔一。生ぶ、先入山形、鑢目大筋違化粧、目釘孔一。
- ハバキHabaki
- 金色絵二重。金色絵二重。
- 説明Drscription
- 真改は、名を井上八郎兵衛といい、寛永7年(1630年)、初代国貞の次男として日向国木花村木崎にて生まれ、9歳より当時京都に居た父の下に赴き作刀を学び始め、20歳ごろには盛んに父の代作を行ったといわれ、慶安5年(1652年)、24歳で父の死去に伴い国貞を襲名、同年に「和泉守」を受領、万治四年頃に朝廷より菊紋を茎に切ることを許され、寛文12年(1672年)8月より「真改」と名を改め、銘を「井上真改」と切るようになる。10年後の天和二年に五十三歳で急逝している。この刀は、身幅広く、反りのつく名刀然とした姿で、キラキラと輝く大粒の地沸がびっしりとつき、冴え渡る大坂新刀屈指の美しさを誇る地鉄に、小互の目に、足・葉頻りに入り、小沸深くつき、砂流し掛り、匂深く、匂口明るく冴える傑作である。真改は、名を井上八郎兵衛といい、寛永7年(1630年)、初代国貞の次男として日向国木花村木崎にて生まれ、9歳より当時京都に居た父の下に赴き作刀を学び始め、20歳ごろには盛んに父の代作を行ったといわれ、慶安5年(1652年)、24歳で父の死去に伴い国貞を襲名、同年に「和泉守」を受領、万治四年頃に朝廷より菊紋を茎に切ることを許され、寛文12年(1672年)8月より「真改」と名を改め、銘を「井上真改」と切るようになる。10年後の天和二年に五十三歳で急逝している。この刀は、身幅広く、反りのつく名刀然とした姿で、キラキラと輝く大粒の地沸がびっしりとつき、冴え渡る大坂新刀屈指の美しさを誇る地鉄に、小互の目に、足・葉頻りに入り、小沸深くつき、砂流し掛り、匂深く、匂口明るく冴える傑作である。












